奥さんのぼやきブログ

夜型主婦。雑記を書いてます。同じようなことをいつも考えてるので似たような日記を書くかもしれません。

ポトスの生命力に驚き

すっかり暑くなりましたね。

梅雨明け宣言は聞いていない気がしますが、昼間の太陽はギラギラで最高気温は30度前後と、すっかり真夏です。


最近、ポスティングのバイトを始めました。

理想的なのは11時〜15時くらいですが、その時間帯は最も日が照っている時間帯。

そこで、日が落ち始める15時頃から仕事をしています。


そんな真夏は観葉植物も人間と同じく、直射日光が苦手な種類も多いようです。


観葉植物のハウツー本には、「真夏は直射日光を避けて明るい日陰に置いてください」とよく書いてあります。


ポトスも、日陰を好む観葉植物のひとつ。


むしろ、日当たりの良い場所よりも日陰のほうが良いようです。


我が家では、以前ポトスを少しわけて頂いて以来、水差しにして玄関に飾っています。


以前、といっても実は1年以上前で、根腐れを起こしてしまったものもありましたが、まだまだ元気です。



そのポトスが、最近新しい茎を伸ばし、葉をつけました。


写真ではひとつだけ色が薄い茎が伸びていますが、それが新しい茎です。


さらに、別のところからも新しい茎が伸び始めています。


すごい。

葉っぱがいつまでも青々としていることがすでに驚きなのですが、新しく茎を伸ばすとは。

2、3日に一度くらい水を換える程度で特になにもしていませんが、地道に育ってくれています。




ポトスは育てやすい観葉植物といいますが、本当に育てやすいです。

むしろ、適度にほったらかしのほうが元気なもよう。



人間の子育ても同じように、適度にほったらかすくらいでちょうどいいのかなーと思います。

「適度」って言葉はざっくりしているからこそ、さじ加減が難しいとは思うのですがw


ポトスの生命力を見習いたいものです。


本日もありがとうございました^_^

書き癖がないとブログを書く回数も減る

こんばんは。

なんだか久しぶりにブログを更新する気がします。


クラウドワークスを通じてやっていた、記事作成のお仕事を辞めてからしばらく経ちました。

それからは同じ記事作成でも、単発でタスクのお仕事をしたり、個人的に記事作成をしたりして文章力をつけよう!なんて思っていたんです。

でも、毎日文章を書いていないと、個人的なブログを書く機会も減ってしまったんですよね。

自分でブログを書く機会どころか、人のブログを読む機会もかなり減りました。

クラウドワークスで記事作成してた頃のほうが他の人のブログも見てましたし、自分でもちょっと書いては下書きに入れて、また手持ちぶさたな時に続きを書いていた気がします。


単純に、ブログに書くようなネタがない、というのも一因ですが。

ネタを思いついてもtwitterで間に合うような一言だったりとかw


まあ、好き勝手にできるのが個人のブログの魅力だと思ってますし、ブログ更新の頻度や形式やら字数やらに縛られることもないんですよね。


また、なにか思いついたらちょいちょいと書こうと思います。


本日もありがとうございました(^^)

ADHDなら親子の絆は繋ぎとめられるかもしれないのか?

たまに、インターネットのADHDの啓蒙広告で、「あなたのお子さんがADHDなら、親子の絆はつなぎとめられるかもしれません」というキャッチフレーズを見かけます。


お子さんの問題行動で悩んで、育児に疲れた親御さん向けの広告ではないでしょうか。


発達障害関連の広告は最近インターネットでたまに見かけますが、見ると嫌な気持ちになるので見ないようにしてるんですよねw


なので、お子さんがADHDなら親子の絆はつなぎ止められるかも?という広告も内容は確認していません。


お子さんの問題行動は脳の伝達物質が原因なので、専門家のサポートを受けて特性を伸ばしていきましょう、とかそういうことだと思います。



でも、極端な話、問題行動を起こすお子さんがADHDの診断を受けなければ、親子の絆はおしまい、いう意味にも受け取れます。


もう脅しじゃないですか。


問題行動で悩む親御さんは、余計に追いつめられて、親御さんまで参ってしまいそうです。


そして、いまは「発達障害ブーム」とも言える時期らしく、実際は違っても「発達障害」と診断されることも多いみたいですね。


私が通っているカウンセラーの先生によると、発達障害の人なら見てわかる、とのことです。


親の愛情不足または過保護、過干渉などが原因の「愛着障害」だと、発達障害に似たような症状が出ることがあると聞きました。

発達障害と診断された人の中には、本当は愛着障害を抱えている人も少なくないんだとか。


愛着障害を持っている方でも発達障害に似た症状が出ない人や、診断を受けても自分らしく生きている人もたくさんいるでしょうし、いったい何が違うのやら…と思ってしまいます。


私ははじめてADHDと診断された時、正直ほっとしましたが、ADHDという診断名に縛られて、思考停止する機会もたくさんありました。


一度ADHDと名前がついてしまうと、「自分の考えや行動が世間では間違っているのかな?」と思うことも多々あります。

支援機関でも、こちらが発達障害だという前提で話をされるので傷つくことも結構ありました。


しかも、環境によってはADHDでもADHDだとわからない、個性のひとつだと認識される、って何だよ!!ってツッコミどころ満載ですw


もしもお子さんの問題行動が気になるのであれば、診断を受けるのもいいですが、カウンセリングを受けてみるのもひとつの方法じゃないかと思います。

もしも愛着障害なら、親御さんにも関係があることですしね。

心療内科で話をちゃんと聞かれるのは最初だけで、あとは薬の処方が基本なので消化不良になります。

心療内科に限らず、お医者さんなんてそんなもんですがw

ただ、カウンセリングを受けると結構お金がかかるんですよね。しかも、個人差やカウンセリングルームによって違いますが、週に一度通う必要がある場合も多いので、バカにならない金額です。

確定申告の医療費控除も対象外ですし。


カウンセリングがもっと一般的になって、もっと金額が安くなればいいのにな〜と、常々思います。


せめてなにかしらの診断名がついて健康保険が使えれば、なお理想的ですね。


カウンセリングを受ける前提で、医療機関を受診するならアリかもしれません。


本日もありがとうございました(^^)

眞子さま、ご婚約おめでとうございます

「有能で両陛下も信頼」眞子さまの皇籍離脱、惜しむ声も:朝日新聞デジタル

今さらながら、眞子さまご婚約おめでとうございます。

ご婚約のニュースが報道された直後は、Twitterでも眞子さまご婚約についてのツイートがものすごく多かったようですね。

そして、お相手の小室さんも、一夜にして時の人となりました。

小室さん、若いのによくぞご決断なさった。5年も付き合ってたのに、周りもニュースを見るまで交際を知らなかったそうですから、とても誠実な方なんでしょう。

皇室ファンならずとも老若男女問わずのフィーバーぶりを見ると、日本人には皇室を敬愛する気持ちがDNAに組み込まれているんじゃないかと思ってしまいます。

そして、眞子さまがご結婚するとなると、皇室を離れて一般の人になりますね。

皇室を離れることになると、現在の公務もやめることになります。

現在女性の皇族は14人ということで、14人が多いのか少ないのかわかりませんが、皇室からお嫁に行くと眞子さまのように現在の公務を辞めざるを得なくなりますね。


記事によると眞子さまはビジネスウーマンとしても有能で、手放すには惜しい人物ということです。


「一般人になってからも活動を続けてもらえたら嬉しい」とインタビューされた関係者も話しています。

それだけ信頼の厚い方なら、離籍して一般の人になっても、公務を続けられればいいんじゃないかと思いました。


本人の意思が最優先なので、眞子さまも現在の公務にやりがいを感じている、ということであれば、という前提ですが。


今まで、お嫁に行って公務を離れた元女性皇族の方々は、一般人になると一体どんなお仕事をしているんでしょうね?

戦後、華族制度が廃止されて一般人になった人はサラリーマンになった人もいたようですが。

政府や皇室の関係機関での仕事を紹介されたりするんでしょうか。


いずれにせよ、ご本人がお仕事への意欲をお持ちなら、一般社会でもご活躍できる場があることを願います。


本日もありがとうございました(^^)

美容院に行くと疲れる気がする

先日、新しくできた美容院に行ってみました。

扉を開けた時はすごく緊張して、「いらっしゃいませ」と言われてから頭が真っ白になってしまい、予約していたにも関わらず、自分の名前を口にできませんでしたw


席に着いてカウンセリングをしてもらい、希望を伝えて施術開始。


施術されている間、私は結構雑談をするタイプなのですが、今回はあまり雑談をしませんでした。こんなに美容院で話さなかったのは、人生で初めてかもしれません。


いつものように、雑談をするのも気を遣いますが、黙って雑誌をパラパラめくるのもなかなか落ち着きませんでした。

美容師さんとの雑談はわりと好きで楽しいんですが、なぜか変に気を遣ってしまうんですよね。

雑談で気をつかって疲れるなら、黙々と施術してもらったほうが気がラクかと思いきや、そんなこともありませんでしたw


家に着くとぐったりで、猛烈な眠気がやってきます。


ただ、「美容院に行くと疲れる」というと、なぜかあんまり同意が得られないんですよねえ。美容院は癒されに行くところ、だと。


そう言われると、シャンプーで頭の血行が促進されて、リラックスするから眠気が襲ってくるのかなとも思い、悩みます。

疲れるからといって、美容院に行くのが苦手というわけではなく、むしろ行く前は楽しみにしてるくらいなんですけどね。

美容師さんと話すネタや次のカラーはどうしようか、などいろいろ考えています。

そもそも、話すネタを探すところがもう疲れる思考になってますねw


遠足や旅行と同じ感覚でしょうか。
準備が一番楽しい。



リラックスするところでリラックスできる心構えを持てるようになりたいものです。


本日もお読みくださりありがとうございました^ ^

勢いに任せて断捨離をしました

早いもので、2017年も3分の1を過ぎました。

こう書くと、本当に早く感じますねw


本格的にあったかくなってきたので、冬ものを少しずつ片付けています。


その勢いで、使わないものをちょくちょく処分しています。

今日の午前中には、しばらく読んでいない漫画を処分することにしました。

とにかくモノが多い我が家。

しかも、生活に必要なモノも含めて、自分が使うモノが9割です。

イライラしている時に、「ウチにはなんでこんなにモノがあるのか!」と自分で買ったくせに余計イライラすることもありますw

断捨離をちょくちょくしたほうがいいのはわかっていても、重い腰が上がりません。


モノを捨てよう!と思って行動するのってなかなかおっくうなんですよね…。

掃除や片付けが苦手なわたしにとってはエネルギーを使うことなので、勢いはとても大切です。

今日の午前中はムカムカして、胸が苦しい午前でした。

心の調子が悪いときこそ、日当たりの良い部屋で過ごすとセロトニンが出て効果的、とよく聞くので、最近は調子が悪いときに日当たりの良い寝室で過ごすようにしています。

普段過ごしているリビング以外に、寝室にも少し漫画や文庫本が置いてあるんです。

でも、寝室に置いてある漫画や文庫本ってほとんど読む機会がないんですよね。
寝室の漫画は、途中で買わなくなったシリーズも多いですし。

寝室にある読まない本を見て、「もう売っちゃおう!」って突然ひらめいたんです。

読み返せば面白いんでしょうが、何年も続きを買ってないってことはもう読む機会はないかなと思いました。

そこで、古本を売って、その買取金額をアフリカやアジアの恵まれない子供達を支援している、テラ・ルネッサンスというNPO団体に寄付することにしました。

テラ・ルネッサンスはアフリカの元少年少女兵に教育の機会を与えたり、地雷撤去活動をしたりしているNPO団体です。
認定NPO法人テラ・ルネッサンス(平和教育・地雷・小型武器・子ども兵)

以前代表の方が書かれた本を読んで、テラ・ルネッサンスと提携している古本屋に送った古本の買取金額を、テラ・ルネッサンスに寄付する仕組みがあることを知っていました。

社会活動に貢献できて、さらに自分の部屋もスッキリするという一石二鳥のシステムです。

ワールドビジョンのチャイルドスポンサーを断念したこともあり、その取り組みを知った頃から、いらない本があれば寄付したいと思っていました。

ちなみに、古着でも同じようなシステムがあるようです。

発展途上国への支援は物資よりもお金のほうが喜ばれるようですし、すごく画期的なシステムだと思います。


そうと決まれば、一刻でも早く送ってしまいたくなり、ムカムカも忘れて荷づくりと申し込みをサッサとしてしまいました。

今日の夜に集荷に来るということなのでまだ送ってはいませんが、目の前からモノが少し減っただけでもムカムカが落ち着き、すごくスッキリな気分です。

普段ゴミ出しをしただけでも少しスッキリするのに、思い切った断捨離をすると本当に気分がいいですね。


また思いついたときに、勢いで断捨離しようと思います。



本日もご覧くださりありがとうございました。

寄り添ってくれる存在の安心感

発達障害自助グループで仲良くなった友人から、職場で嫌がらせを受けて悩んでいる、というLINEが来ました。

彼女は今、障害者雇用枠で働いていて、ジョブコーチ制度も利用しています。

LINEのメッセージに詳しいことは書いてありませんでしたが、嫌がらせを受けていることを何度ジョブコーチさんに伝えても、「気のせい」「考えすぎ」と返ってきて、気持ちに寄り添ってもらえていない、不信感を抱いているということです。

わたしも障害者雇用のとき、ジョブコーチ制度を利用していたので、その時の対応はどうだったかと聞かれました。

わたしの場合も、確かに「考えすぎ」や「気のせい」はなんどか言われた記憶がありますが、愚痴を聞いてくれて共感してくれるなど、不信感を抱くようなことはなかったように思います。


心配になって、よかったらお茶でもしながら話を聞こうかと持ちかけたところ、身体的にも精神的にも疲れていて、会うのは控えたい、という返信が返ってきました。

私の立場では、ただ話を聞くことしかできないのがもどかしいところです。

今回に限らず、人から悩みや愚痴を聞いて、話を聞くことしかできない自分にもどかしさを感じていました。


その後、ちょうどカウンセリングがあったので、そのもどかしさを先生に打ち明けてみたんです。


すると、ツラい時にツラさを打ち明けられるような、心配してくれる存在がいるだけでも心の支えになるよ、という答えが返ってきました。


相手の話を聞くだけでも相手の心が少し軽くなると聞いて安心です。


なかなか会えないなら、たまにLINEで調子をきいて、話したければいつでも話してね、と連絡してみてはどうか、とのアドバイスも、カウンセラーの先生からもらいました。



愚痴や辛さを誰にも吐き出せず、心の中にずっと閉じ込めておくのはきついです。愚痴ではなくても、思っていることを言わないことは積もり積もってしんどくなる。

心にたまったものを話すだけで、どうして心が軽くなるんでしょうねえ。

傾聴ボランティアという、ただ相手の話をきいて相槌を打つ、というボランティアがあるようです。

そんなボランティアがあるくらいですから、具体的になにかできなくても話を聞くというのは、相手に安心感を与えるのかもしれません。


本日もありがとうございました^ ^